さつま通信

2011年7月10日日曜日

第8章003:オレンジビーチ - スリーデイズメイビー

動画と文章には直接の関係はありません。当時の史料としてご活用ください。

 先遣隊が中川地区隊長の指揮下に入ったとの報を受けてパラオ本島の司令部は沸き返った。

 飯田大隊主力は二十三時二十時三十分、総員百四十七名の兵力でアルミズ桟橋を出航した。ラッパによる君が代吹奏と共に宮城遙拝を行っての進発だった。

 南征一心大隊長と墨痕鮮やかに記された白だすきを背に、飯田少佐は第二艇隊に大隊本部と共に位置した。

 昨夜来の先遣隊通過で、敵はガラカシュール島付近の艦艇群を中心にして警戒を強めていた。アラカベサン島やアイミリーキなど各所からガルコル桟橋を目指して分散進発していた各艇隊も、それぞれ敵の警戒網をかいくぐっての上陸を目指していた。

 第二艇隊は三ツ子島を通過する頃から多量の照明弾の照射を受け始めて前進が停滞するようになり、ついにはガラカシュール島付近で全艇が座礁してしまったが、飯田大隊長以下、泳ぐか徒歩で上陸を目指し懸命の努力を続けた。

 敵は水陸両用戦闘車を前進させて、探照灯で逆上陸部隊を捕捉しつつ猛射を加えてくる。艦砲もまた激しい砲撃を浴びせてきて、一瞬にして空中に砕け散っていく将兵が後を絶たない。先頭を切って上陸を果たした飯田少佐は、後続の部下達が応戦もかなわずに海に散っていく様子を断腸の思いを噛み締めながら見つめていた。

 実際、座礁してしまった艇からなんとかして貴重な砲や弾薬を卸そうとすれば、それは格好の射撃目標となってしまうのだ。

 重たい兵器を艇から卸そうとすれば勢い兵士達の姿勢は高くなる。高くなれば的としてのシルエットが大きくなり、敵弾の命中率も増してしまう。

 弾着音が次々と響いて、バタバタと兵士達はなぎ倒されていく。短い叫び声を上げ、あるいは無言で、海中に倒れ付して動かなくなっていく。

 珊瑚礁の上で重傷に呻き声を上げながらのたうつ兵士に追い打ちをかけるように、兵士周辺へ艦砲の着弾が数発続いて、見る間に粉微塵となって肉片を海へ撒き散らしていった。

 たまりかねた将校が「卸下はよいから体ひとつで上陸せよ!離脱せよ!」と声を限りに叫んでも、速射砲一門、重機関銃一門が、上陸後の敵撃破に必ず役立つと信じる兵士達は容易に諦めなかったのだった。

 小銃で数発を敵の方向へ撃ち返した兵もいたが、すぐに効果がないことを覚って卸下作業に戻った。実際に何か反撃したくてしょうがなかったが、携行している手持ちの火器ではどうしようもなかった。

 ペリリューだけではなく、ガドブスやコンガウルへとりあえず前進を図った部隊もいたが、泳げない兵士は無念にも溺死していき、珊瑚礁を伝いながら走って上陸を試みようとする者達へは、容赦なく雨注する銃砲弾が見舞った。

 鼓膜が破れるほどの轟音が間断なく響いて、ついさっきまで傍にいた戦友がいつのまにか消え去っていく。必死で引いて搬送していた自動砲や速射砲が粉々に破砕されていく。

 動けなくなった大発動艇めがけて砲火がくどいほどに集中されて、艇は原型をとどめないほどに破壊されて海へと消えていった。

 座礁したままの舟艇付近のリーフは血糊で真っ赤に染まり、砲弾が命中すると砕け散った舟艇の破片が海面を漂い始めた。舟艇に積載された弾薬が誘爆を次々に起こしては戦死者が増えていく。巨人が浴びせかけるシャワーのように勢いよく伸びて集まってくる曳航弾の光が兵士達の体に吸い込まれると、無惨にも引きちぎられた体が辺りに飛び散った。

 小銃では射程が違い過ぎて応射できず、撃ってくる敵に届く火器は手元にない。混乱の中でやっと卸した積載砲の発射準備はとてもできない。そんななかで、やや平らになったリーフに自動砲を一基据えると、懸命に射撃準備を始めた一群の兵士達がいた。

 指揮する下士官が指さす方向からは、先刻から容赦ない射撃を加えてきている水陸両用車が四両、排気音を上げて立往生する兵士達に迫ってくるのが見えた。早くも車載機銃が撃ち始めて自動砲の周辺で小銃を構える兵士達が倒れていく。刹那、自動砲の発射音が響いて先頭の水陸両用車の前進が止まり、乗員が車外へ我先にと飛び出すのが見えた。

 続いて発射、連続して発射。思いがけない反撃に四両は立往生し、キャタピラを切られて動けなくなった。

 今度は小銃の射程内だった。散開した兵士達のすばやい的確な狙撃で敵の乗員が折り重なって倒れていく。自動砲の指揮を執っていた下士官は猛然と駆け出すと逃げ遅れた敵兵に激しく体当たりを食わせ、倒した敵を銃床を振りかぶって何度も何度も殴りつけて殺した。敵の目玉が飛び出し、鼻が砕け、息が絶えても、まるで何かに憑かれたように雄叫びを上げながら渾身の力で殴り続けた。さっきまで目前で屠殺同然に殺されていった可愛い部下達への思いがそうさせたに違いなかった。

 慌てて背中を見せて駆け去ろうとする敵兵を、軽機関銃の射弾がなぎ倒し始め、擲弾筒の一撃が背後から襲った。手榴弾も後を追う。逃げ遅れてもがく敵の喉笛を銃剣が貫き通してとどめをさした。

 ハッチを開けたままで放置されている水陸両用車へ乗り込んだ一人の兵が、方向転換をさせると車載機銃を敵艦艇群へ撃ち始めた。気づいた敵も応射して、泡立つような血生臭い海は曳光弾の光の帯がめまぐるしく交差する激戦場となっていった。

 無念にもなぎ倒された兵士達のちぎれた体が浮き沈みをしながら海面に広がっていく。ペリリューまであと僅かの距離となった浅い海は、たちまちのうちに惨鼻を極める修羅場と化していった。

 ひっきりなしに打ち上げられる照明弾の照らし出す海は、まとわりつくように逆上陸部隊の姿を格好の射撃目標として浮かび上がらせ、前夜から警戒を高めていた敵の砲手達は、ここを先途と砲身や銃身が焼けるまで撃ちまくった。

 阿鼻叫喚の地獄図がそこかしこで現れ、ペリリューの土を踏みしめる前に、逆上陸部隊総員の約半数近い四百名ほどの兵士達が、敵の一方的な射撃の的となって尊く砕け散っていった。

 司令部の出発時刻の設定が部隊規模に比して遅すぎ、干潮に早く出くわしてしまい座礁が続いたこともあった。海軍の水先案内の致命的なミスによる誤誘導による時間の空費も重なった。しかし何よりも、逆上陸作戦自体に無理があったのは否めない。発見されて遠戦火力で叩かれた際に、これを撃ちすえるための長い槍が日本軍には皆無だったのだ。制空権もむろんなく、短時間だけでも敵艦艇群の注意を逸らして引きつけてくれる支援機すら一機もいなかった。

 兵力を小出しにしては、その都度各個撃破されるという、日本軍全体を覆っていた通弊がここでも現れた。これは末端の部隊ではいかんともしがたい思考法であり、各方面の日本軍が強いられた犠牲は非常に大きかった。

 二十四日の夜までに飯田大隊長は半数に激減した配下部隊を掌握し、北部地区から接敵を続けながら三日間を費やして中川地区隊長の指揮下に入った。

 指揮下の砲兵は敵戦車隊と遭遇してしまい、対戦車戦闘でほぼ全滅を余儀なくされたが、生き残った兵士達は強靱な精神力を発揮して粘り強い戦闘を継続しつつ、任務完遂に気力体力の限界を超えて尽力していった。

 増援到着を受けて、地区隊の各陣地の士気はとみに上がったが、逆上陸作戦の犠牲はたいへん大きかったのである。

0 件のコメント:

コメントを投稿