さつま通信

2011年6月9日木曜日

第7章005:オレンジビーチ - スリーデイズメイビー

 島の夕暮れが迫る中を、青山少尉は激戦後の各陣地を回ってみた。どの陣地も、黒く焼け焦げた死体が散乱して目を覆うばかりの惨状だった。ほんの数日前まで、少尉が故郷の話を交わしていた若い兵士達が、みんな黒焦げになってむごたらしく死んでいた。中には、虚空をつかむように両手を突き出したままで固まっている死体もある。軽機関銃の引き金に指をかけたままの姿勢でこと切れている若者の姿もあった。また、負傷兵をかばおうとしたのだろう、担架におおいかぶさるように倒れている兵士もいた。

亜希子 ここはまるでダンテの地獄篇のようだよ。僕の中で祈りは湧いてくるけれど、聖母マリアはとりなしてくださらないのだろうか?


亜希子 こんなめに君をあわせるわけには絶対にいかないよ。日本中がこんな光景に溢れるようになったら、今ここで死んでいった若者達はいったいなんのために倒れたのかわからなくなる。ひどい匂いだ。人が焼けて、くすぶって焦げていく匂いだ。

亜希子 これは義務なんだ。僕が果たさなければならない義務なんだ。でも、祖国への忠誠と義務とは、なんと多くの血潮を要求するものなんだろう。目の当たりにすれば気が狂いそうになってしまう。

 混乱してはいけない。そう少尉は思った。落ち着いてすばやく現状を掌握して、じ後の行動を準備するんだ。僕は将校なんだぞ。ここで取り乱したら、あんなにまで慕ってくれた部下達に笑われる。合流して再編成した連中も、みんな気持ちのいい若者達だった。大場もよく全員をまとめてくれていた。裏切るな 彼らの信頼を裏切るな。僕の短い軍人生活に、主なる神は最高の部下達を与えてくださった。感謝しろ!

「主よ どうか御許に召された若者達を抱きしめてください。みな祖国のために一人残らず勇敢に戦いました。どうぞ貴方の豊かな慈しみと尽きることのない御恵みのうちに彼らを憩わせてください。召されました時の激痛と哀しみをお癒しくださいますように。主よ 憐れんでください。主よ どうか彼らをおおいなる憩いにつかせてください。全知全能なる主よ 私の愛する主よ 私を愛してくださる主よ。我らを貴方の栄光がとこしなえに光り輝く至高天の聖なる場へと誘いたまえ。主よ 主よ  我らはこの耐え難い試練の時にあってもなお、永久の愛である貴方を誉め讃えます。貴方は愛です。世の始まりから湧きいずる泉のように豊かで尽きることのない愛です。主よ どうか私に残された責務を最後まで果たさせてください。私が祖国への忠誠を尽くせますように。そしてどうか主よ 愛する亜希子をお守りください。私の死をもって亜希子の生を贖ってください。私の命を亜希子のために、そして亜希子が住む愛する祖国の未来のためにお使いください。主よ 私は追いつめられた自らを護るためと、植民地として苦しんできた亜細亜を解き放つために立ち上がった祖国日本を心から誇りに思います。人が人としてあるために、数百年間も白人達から家畜のように虐げられていた人々に戦いの術を教え、共に泣き、共に学び、共に笑った祖国日本は間違っていなかったと思います。たとえ彼らの物量に圧倒されて日本が敗れ去る時が訪れましても、主よ わが祖国が亜細亜に上げた狼煙はもはや消えることはないでしょう。ひとたび人間としての誇りに目覚めた人々は・・そうです 数百年間も白人の奴隷だった人々は、肌の色や目の色、生まれた場所で人が人としての扱いを受けられない世界をもう二度と許しはしないからです。それは、自らが造られたすべての人間を愛したもう貴方の御心に絶対にかなうことだからです。貴方は人が人を虫けらのように殺し、犯し、家畜として扱うことを許されない御方です。ですから、我らの戦いは聖なる戦いなのです。どうか、人間として許されない残虐な桎梏から奴隷の民を解き放つための日本の戦いを、貴方があらかじめお決めになる時を経て成就させてください。我らの命をそのために用いてください。我らに そして、我らの後から生まれてくる人々に、主よ 貴方がお示しになる尊い平和の使命を引き継がせてください。我らは武器を執って立ち上がりました。それは、時代と歴史が祖国に課した尊い使命でした。虫けらのように殺されていく人々を見殺しにしなかった祖国を誇りに思います。貴方の御心にかなう働きをすべく、渾身の勇気と忠誠を祖国に捧げようと雄々しく戦う日本を誇りに思います。どうか主よ 私が御許に召されますその時まで、力を与えたまえ」

 洞窟陣地内で跪いて祈っていた少尉はふらつきながら立ち上がった。

 死に満ち溢れた静寂が周囲を包んで、洞窟を吹き抜けていく風が死臭を僅かずつ吹き払うように思えた。

 いまさらのように少尉は体の芯から深い疲労を覚えて、身に着けた装備を日常の数倍もの重さに感じた。

 大場はなぜ追及してこないんだろう?ぼんやりと少尉は思ったが、切れたキャタピラの横に出来た血だまりにうつぶせになっていた彼の姿を見たのは貴様自身だろう?と、もう一人の自分がたしなめるように言った。

 俺以外は全員戦死だ。敵も味方も一人残らず。

 もう誰も動かなかったじゃないか。見込みのない重傷で長く苦しむと哀れだと思った敵兵二人を、拾い上げた自動小銃の一連射で送ってやったのは俺だ。

 目玉が何個か転がってた。ちぎれた腕がくすぶってもいたし、キャタピラに無惨に潰されて平らになった頭もあった。散らばった臓物に、仰向けに倒れた首のない体。無造作に投げ出されたような一本の足。

もう神経がまいりそうだ。

まいってどうするんだ?そんなことが許されるか?おまえはさっきなんのために祈ったんだ?考えが堂々巡りをするようでどうする!

そんなことで将校といえるのか?

 敵の活動が活発化しない時間帯に、なんとか友軍と合流して中央高地帯への敵進撃を一日でも遅らせる態勢をまた取らないといけない。

 今、自分が果たさなければならない責任だけを考えろ。落ち着いて、気持ちを整理して立て直すんだ。ふらつくな!

「しっかりしろ 青山少尉」少尉は声を出すと、あらためて二度ほど足を踏みしめてから、手にした銃を握り直して目の前に累々と横たわる黒焦げになった兵士達の死体に目を据えた。

 みんなの死を無駄にはしない。もう一泡アメリカに吹かせてやるぞ。そう簡単にはこの島を渡しはしない。

 振り向くと少尉は連絡道へ向かって力強く歩き始めた。

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