さつま通信

2011年5月2日月曜日

第3章013:オレンジビーチ - スリーデイズメイビー

 いよいよ上陸が迫り、空襲と艦砲射撃も苛烈を極め、鉄製の掩蓋を取り付けた砲座が破壊されて射撃不能になったり砲側の兵員が全滅したりし始めた。

 高射砲で敵観測機を撃墜したり、掩蓋を強化補修したりしながら戦力の温存に努めてはいたが、炎の帯が悪魔の舌のように伸びてあらゆるものを焼き尽くすナパーム弾の攻撃も反復され、連日激しさを増していく砲爆撃と上空を乱舞する敵機や沖合を埋め尽くす艦船群は、地区隊の兵士達の敵愾心をいやが上にも煽り、神経の緊張と相俟って上陸を待ち望む気持ちを高めていった。

 爆弾と艦砲の大音響と飛び散る鋭利な鉄片、樹木を焼き尽くしながら周囲の酸素を根こそぎ奪って窒息死させるナパーム弾の威力は島の地形を変えてしまうかと思われ、ペリリュー以前に玉砕していった島々の友軍が味わった恐怖と悔しさを地区隊将兵は燃え上がる闘志と共に噛み締めていた。

 上陸予想地点である西海岸のリーフ付近に黒い顔がうごめいていた。

 数日前から黒人兵ばかりで編成された障害物処理班が作業を始めていた。旗を各所に立てながら、我が方が設置した水中障害物をひとつずつ慎重に撤去していく。

 アメリカ軍ではヨーロッパ戦線でも太平洋でも、損耗率が高い任務へは有色人種、特に黒人兵が回されるのが常だった。老いた両親を収容所から出すために、アメリカ合衆国への忠誠心を示そうとしたハワイの日系2世の若者達が派遣されたヨーロッパ戦線でもそれは同じで、モンテカッシノの僧院やフランスの森を巧妙かつ頑強に防御していた優秀な装備のドイツ軍との凄惨な激戦に多くの日系人達の若い血が流された。

 青山少尉は陣地内から双眼鏡で処理班の作業状況を監視していた。我が方には沖縄の糸満出身者で編成した水中挺身隊がある。処理が終わったと報告を受けて安心してリーフを超えてくれば二重三重の罠に陥り空中高く吹き上げられるだろう。少尉はリーフに蠢く黒い兵士達を見つめながらそう思った。
南洋の暑熱は容赦なく照りつけて軍服を今にも燃え上がらせるようだったが少尉は長時間同じ姿勢を崩さなかった。


 敵に鋭く注がれる視線とは裏腹に、彼は網膜に映る敵兵の姿とはまったく別の中近東を舞台に展開する旧約聖書の魅惑の世界を唐突に胸によみがえらせていた。時代を超えて変わらない、人間の高貴と卑劣 欲望と自律や希望と断念 信頼と裏切り。そこには数多くのドラマが新鮮な息吹と共に息づき青年の魂を魅了してやまなかった。

 戦争によって断ち切られたいとおしい学窓の日々。読みかけの書物に挟んだ栞を再びはずす日の幻影が亜希子の面影と一緒に眼前に浮かんできたような気がして少尉は唇を噛みしめた。

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