さつま通信

2011年5月8日日曜日

第4章002:オレンジビーチ - スリーデイズメイビー

パラオの切手
写真は次のブログから:
【歴史】日本を評価する外国 | 今日の韓流通信 Act.Ⅲ
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 あれは湖面が深い緑色で泡立っている滝の音だろうか?ここはどこだ?三十三間堂はいつ燃えてしまったんだろう?透き通るような亜希子の歌声が微かに耳元で響いているような気がする。彼女へ話してあげるつもりだったケルトの物語は終わったのだろうか?英雄クーフーリンを戦士として鍛え上げたのは女戦士スカターだ。そして、ドルイド僧カドバドを伴って死が待つ最後の戦いへと向かう途中で、クーフーリンは血染めの衣を流れで洗いながら彼自身の死を予告する妖精の乙女を見たのだった。戦士らしく立ったまま死のうと最後には石に自らを縛り付けた彼。戦いの女神モリガンがカラスに身を変えて英雄の肩に留まった時に、迫る敵にとどめをさされて英雄は死んだ。

 できない 亜希子にはそんな結末を話せない それじゃまるで永遠の別離を告げるみたいじゃないか・・・結末は二人でアイルランドへ渡った後で暖炉の側に腰掛けて話してあげるんだ。それはきっとあまやかでいとおしさに溢れた長い冬になるに違いない。

 甘酸っぱい硝煙の匂いと血の匂いが入り交じって鼻をつく。俺はいったいどこにいるんだ?耳鳴りも僅かにするし、ともかくひどく暑い。どこなんだ?ここは。

 敵味方の戦死者に挟まるようにうつ伏せになって眠っていた少尉は闇の中で次第に目を覚ました。しばらくは甘美な夢の余韻に意識が空気中をさまよう感じだったが、我に返るとそのままの姿勢で動かずに周囲の気配を感じ取ろうと神経を研ぎ澄ませた。

 ここはあの滝じゃない 亜希子もいない 俺がいるのはむごたらしい戦場だ。亜希子は遠くにいる そして少しでも亜希子を敵から遠ざけるために俺は今ここにいる。

 時折、周囲が真昼のように明るくなるのは敵が打ち上げる照明弾だ。艦砲の轟きは聞こえず敵機の爆音も聞こえない。キャタピラ音もしてこないし人の気配もしない。

 飛行場に向かわなければ そう少尉は思った。海軍陸戦隊と合流して飛行場を護ろう。

 僅かずつ身を起こして周囲に点在する数名の部下を探すと「飛行場へ」と短く告げながら拳銃をケースに収めて米兵の死体から取った弾薬とトミーガンと手榴弾を身につけ、見当をつけた飛行場の方角へ少しずつ進み始めた。

 擲弾筒を抱えたり、火炎瓶を携行した数名の生き残りの兵士達が続いた。

 照明弾が闇を照らし出すと皆は一斉に伏せた。闇と光の間隙を縫うように僅かずつ前進する。飛行場の北部建物付近へ近接するとそこは既に敵手に落ちていて、西海岸方向から銃声が激しく響いているのがわかった。敵が設置した発電機の低い音が唸り、海兵達はたいした警戒もせずに待機中のように見えた。おそらくは西海岸の氏家大尉へ攻勢をかけている主力の援護部隊に違いない。

 方々の壕には友軍の死体が散らばっている。照明弾の光を頼りにそっと周囲に視線を凝らすと中にはキャタピラに踏みにじられて無惨に潰されてしまった兵士の姿も見えた。

 エンジンを停止した水陸両用車の陰で待機中の海兵の群れからは何かハミングする声も聞こえてくる。自動小銃をてんでに車両に立てかけて鉄帽を取っている者がいるなど、それは気の緩みがあちこちに感じられる姿だった。

「ふん!アメ公め もう勝ったと思ってるな」一人の兵士が小さく舌打ちしながら呟いた。

「よし ひとつ教育してやるとするか」合流すべき友軍の姿を発見できないまま、少尉は目前の待機部隊を攻撃するに決した。

 少尉は起きあがると自動小銃を横になぎ払うように射撃しながら無言で走った。擲弾筒が油断しきっている海兵達の真ん中で炸裂し、投げられた銃剣が敵兵に突き刺さる。水陸両用車のハッチからは手榴弾が放り込まれた。

 不意をつかれて四方に逃げまどう海兵の影へ射弾が吸い込まれていく。建物と煙をあげながら動けなくなった水陸両用車に挟まれた窪みから少尉は射撃を続けた。撃ち尽くした弾倉を交換しながら周囲を見回すと体勢を立て直した敵が包囲網を狭めようとにじり寄ってくる様子が見えた。

 火炎瓶が飛ぶと火達磨になった海兵が転げ回り、周囲から射撃が投擲方向へ集中した。タコツボにつまずいた海兵が悲鳴をあげたのは待ち伏せた兵士の銃剣に刺し貫かれたからに違いない。同じタコツボに後続の海兵が喊声をあげながら数名なだれこむのが見えると鈍い音が数回響いてから壕は静かになった。

 南海岸の方向から1丁の軽機関銃の射撃が始まった。この新たな射撃に、じわじわと包囲してきた海兵は一斉に伏せて撃ち返し始めた。海軍部隊の生き残りかもしれないと少尉は思い、その銃声に僅かに勇気づけられる思いがした。

 海兵からの何本もの火線が曳光弾の帯となって軽機の発射位置へと吸い込まれていく。自走無反動砲が前進してきて発射位置に着くと射撃を始めたが、照準がやや遠く着弾は軽機の位置を超越してしまった。少尉と生き残りの兵士達はありったけの手榴弾を投擲して友軍の軽機を援護しようとした。

 手榴弾戦が始まってまもなく、照明弾が明滅する夜空に爆音が轟いて一機の飛行機の影が迫ってきた。

 またナパームで炎の帯を撒き散らす気か!機銃掃射や爆撃なのか!刃向かう手段が自分達には何もない。少尉達がそう思いながら歯を食いしばった刹那、舞い降りてきたフロート付の飛行機は海兵を機銃掃射でなぎ倒し始め、自走無反動砲にも激しい射撃を浴びせかけた。友軍の一式水上偵察機が夜間攻撃をかけてくれたのだ。沖合の艦船を襲撃した帰路に、飛行場を攻略した敵に一泡吹かせようとしているのだった。

 心強い爆音が轟き、一式水偵は繰り返し繰り返し地に伏せた海兵達の頭上から機銃掃射を浴びせかけた。夜を昼に変えようと間断なく打ち上げられる照明弾の光に、翼の日の丸が鮮やかに浮かび上がっている。見上げた大場伍長は吹き出すように流れる涙で何も見えなくなった。友軍だ 友軍が来てくれた。

「少尉殿!西方向より新たな車両が接近中」

 思わず夜空を仰いで全身を突き抜けるような喜びを感じていた少尉に誰かが叫ぶように言った。敵が呼び寄せた増援か、西海岸の陣地への攻撃を終えて帰還してきた部隊か?いずれにせよ今はもう火炎瓶もなければ棒地雷もない。西の海岸陣地へは戻れず、南へ下がれば断崖絶壁が待つ海だ。

 ここは中部高地帯まで潜行突破して洞窟陣地へ合流するのみ。少尉は敵が友軍機への応戦に気を取られて混乱している隙に乗じて高地帯へ向かおうと決心し、飛行場を大きく迂回すべく敵から離脱した。

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